地理上の概念としての「ガリア」の起源は、紀元前4世紀にさかのぼる。イタリア半島北部に押し寄せて定住した部族集団
を、ローマ人は「ガリア人」(Galli ガッリー)と呼び、ガリア人の居住するイタリア半島北部が「ガリア」(Gallia ガ
ッリア)と呼ばれるようになったのが始まりである。ローマ人が領土を拡大するにつれ、ガリア人と同系統の諸部族がア
ルプス山脈の西方・北方にも多数住んでいることが知られるようになり、それらの地域も「ガリア」に含まれるようにな
っていった。やがてイタリア半島北部は、ローマに制圧され属州となった。
イタリア半島北部は、ガリア・キサルピナ(Gallia Cisalpina キサルピーナ、アルプスのこちら側のガリア)またはガリ
ア・キテリオル(Gallia Citerior、こちら側のガリア)と呼ばれた。ローマ化が進んだ後はガリア・トガタ(Gallia
Togata (トガータ)、トガを着た=「純ローマの」ガリア)とも呼ばれた。この地域は、ローマ帝政初期には本土「イタ
リア」に編入されて、「ガリア」から除外されるようになった。
これに対して、アルプスの西側・北側のガリアはガリア・トランサルピナ(Gallia Transalpina トラーンサルピーナ、ア
ルプスの向こう側のガリア)またはガリア・ウルテリオル(Gallia Ulterior、向こう側のガリア)と呼ばれた。この「ガ
リア」は、共和制末期から帝政期にかけては、おおよそピレネー山脈・地中海・アルプス山脈・ライン川・大西洋に囲ま
れた地域を指し、その大半は森林地帯であった。現在「ガリア」と呼ばれるのは、この地域であることが多い。狭義には
「ガリア・トランサルピナ」はガリア戦争以前にローマの属州であったフランス南部を指す。それより北方のローマ化し
ていなかった地域は、ガリア人の長髪の習慣からガリア・コマタ(Gallia Comata コマータ、長髪のガリア)と呼ばれて
いた。
最初にローマの属州となった「ガリア」はガリア・キサルピナで、アルプス山脈の南からルビコン川、アペニン山脈の北
の地域であった。アウグストゥスの時代にガリア・キサルピナは本土イタリアに編入され、以降「ガリア」とは呼ばれな
くなった。また、通常「地域としてのガリア」にも含まれない。
次いでローマがアルプスの西側で設置した属州がガリア・トランサルピナで、ローマの属州としての「ガリア・トランサ
ルピナ」はカエサルのガリア遠征(ガリア戦争)以前にローマ支配下にあった、地中海岸沿いの現在の南フランスにあた
る地域であった。ナルボ(Narbo ナールボー、現ナルボンヌ)を中心としたこの地域にはギリシア人が多く住んでおり、
「ヒスパニアへの通り道」と呼ばれる、ローマにとって重要な地であるイベリア半島への回廊であった。アウグストゥス
の時代にこの属州はガリア・ナルボネンシス(Gallia Narbonensis ナールボーネーンシス、ナルボのガリア)と名が改め
られた。ガリア・キサルピナとの習俗の違いから、ガリア・ブラカタ(Gallia Bracata ブラーカータ、ズボンを履いたガ
リア)と呼ばれる場合もある。ローマの属州(Provincia プローウィンキア)であったことから、現在のプロヴァンス
(Provence)地方の名があることはよく知られている。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
元来の「ガリア」はイタリア半島を示すようです。
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